平生釟三郎の日記からの明石製作所創業期の経緯、出来事　

以下は、平生釟三郎日記から、明石和衛、明石製作所に関して記述されている所を転載したもの。
日記は、一日の記述の量も多く、日記のイメージを超える膨大な情報の大著。
頁管理人、下の転載部分以外は、殆ど、読まず、この旧仮名遣いの大冊、読破断念を告白しておきます。

ただ、三巻に収録されている、編集委員長　安西敏三氏の後記を読ませていただきました。
後記と題されているが、素晴らしい要約でした。
大正から昭和の激動期、確固たる人生哲学を持ち、教育界に、産業界、そして、政界にも、
多くの足跡を残された平生釟三郎。

国際情勢への情報把握と明確な分析にも驚かされる。
特に、米国主導型の中国の排日思想という捉え方（大正8年5月5日）は、
その後の太平洋戦争にも続いていく、米国政治権力層の人種的な感情の絡む戦略だった。
これは、戦後も米国占領下、隠されてきた歴史の一面の真実でもありましょう。

広田弘毅内閣の文部大臣でなく、もっと早期に外務大臣になっていたらと思わせる見識。
また、今風には、強欲資本主義とも別称される、株主重視の考え方を批判、社員優先の考え方は、
大正デモクラシーを是とした思想とともに、明石の企業文化にも大きな影響を与えているような。

平生釟三郎の認める、明石和衛、中嶋市太郎（義兄・海軍少将）の二人での創業。
この三人の専門分野、得意分野の違いは、補い会う所でもありながら、
また、理解し合えない、共有出来ない所もあるという関係だっただろうか。

明石和衛発案の教育品製造会社買収でのスタートは、試験機分野の市場としても活かせただろうか。
買収企業自体の継承事業を成り立たせ、かつ、発明による新製品を載せていくという戦略だったろうか。
若くして重責を担い、立ち上がりの二年程、どう攻めるか、迷われ、一人苦しんだ時期もあったような。

下の大正5年3月20日の買収交渉で、旧会社との関係を一掃としているが、旧商品、得意先はどうしたか。
同6年12月16日の理化学聯合機械とは、何をイメージしていただろうか？　地震計・バランサー・硬度計・
下の創業期の苦難の中で得たものが、後年、小金井を復活させるような、優れた経営手腕に結びついた。

大正5年2月4日　　教育品製造会社の件

昨夜来電、風間妹本日午後四時半来着の報アリ。
何事ノ用向アリテ急二来ラントスルヤ、
多分教育品製造会社ノ後始末二アラザレバ自店二関スル用向ナラン。

風間妹、明石氏ヲ伴フテ来着ス。余ガ推測セルガ如ク教育品製造会社ノ件成ナリキ。

大正5年2月5日　　教育品製造会社の内紛等

教育品製造会社ノ建物、機械、地所ハ第三番抵当権者タル森田某ガ旧社員篠田某二唆サレテ、
買収二決心セリトノ事ナリシガ、元来、仝氏ハ富豪ノ家二生レテ世ノ辛酸ヲ嘗メザル我儘者ニシテ
且軽率ナル小心ノ人ナルヲ以テ、仝社ノ職工ガ屋井氏ト共二去ルヲ聞キテ大二憤慨シ、
再ビ決心ヲ翻ヘサントシツツアリトモイヒ、未ダ容易二決スべカラズ。

大正5年2月20日　　明石製作所創業の三ヶ月前、既存企業の買収、資金の準備等

　本日ハ久々二テ岸和田ヲ訪問セント考エシニ、今朝明石氏来訪ノ通知二接シテ之ヲ中止ス。
　明石製作所の創業プラン決定

大正5年3月19日　　教育品製造会社買収に関し協議

　夜、十時、中嶋市太郎氏ヲ訪問シ一泊ス。明石氏(義弟)モ来会。
　教育品製造会社買収二関シ協議シ、夜一時二及ブ。

大正5年3月20日　　教育品製造会社の買収交渉

　本夕、教育品製造会社清算人トシテ廣谷弁護士、三倉ト同伴、余ヲ風間方ニ訪ヒ、
　自己ノ作成セル整理案ヲ示シ、以テ教育品製造会社ノ名称ト共ニ、
権利義務ヲ継承センコトヲ求メラル。

　余コレヲ見ルニ、無担保債権者ニモ約参分ノ一ヲ償却スルノミナラズ、
滞貨及売残品ヲモ財産ノ一部トシテ見積リアリ。
　而シテ地所、建物、機械ヲモ最初ノ裁判所評価ト仝額トシタルモノニシテ其杜撰ナル、
一顧ダノ価ダモナシ。

　余ハ一瞥シテ曰ク、コノ整理案ハ屋井氏ノ希望スルモノナリトセバ、
余ハ屋井氏ノ心事ヲ疑ワザルヲ得ズ。
　元来余ガ本件ニ干与スルニ至リシハ、昨年末余ガ東上ノ際屋井氏ガ余ニ会見ヲ求メラレ、
教育品製造会社モ今ヤ窮極ニ陥リ復活ノ途ナキニ至レリ、
而シテ延テ余ニ迷惑ヲ懸クルニ至リシハ慚愧ノ至ナルガ、若シ余ニシテ之ヲ引受ケ
（其方法ノ何タルヲ問ワズ）事業ヲ継続スルヲ得バ、屋井氏ハ粉骨其助力ニ力メ、
以テ終生ノ事業ヲ完成セシメタシト懇情セラレタリ。

　余ハ社務多忙且隔地ニ在ルヲ以テ到底其求ニ応ズル能ハザルコトヲ以テシタリ。
　然ルニ其後明石氏ガソノ業ヲ経営シタキ希望ヲ述ベラレタルヲ以テ、
余ハ明石氏ノ天才的技能ヲ信ジ、此如キ天才ヲシテ充分ノ発達ヲ遂ゲシムルコトハ、
国家社会ニ貢献スルモノト考エタルヲ以テ初メテ本件ニ指ヲ染ムルニ至リタルモノニシテ、
毫モ採算的考慮ニ出デシモノニアラズ。

　左レバ、現在ノ事業ヲ其儘継承スル如キハ到底余ノ忍ブトコロニアラズ。
　余ハ屋井氏ノ希望ヲ納レ、屋井氏ヲシテ永ク此業ニ従事シテ終生ノ目的ヲ達セシメ、
屋井氏ノ記念標トモイフベキ現在ノ建物ヲ保存シ、永ク仝氏ノ名ヲ記念センコトト、
明石氏ヲシテ其天才ヲ発揮セシメンコトヲ望ムモノナレバ、
全然旧会社トノ関係ヲ一掃スルコトヲ希望スト言明セリ。

　廣谷氏ハ意外ノ感アリシガ如キモ、余ノ明確ナル決答ニ対シテ反疏ヲ為サズ。
　余ノ意見ヲ基トシテ精算センコトヲ申シ出ラル。
　深更ニ至リ解散ス。

大正5年4月18日　　明石製作所の純利益分配案協議

　午前ハ明石製作所ノ件ニ付キ中嶋市太郎氏ヲ訪ヒ、後事ニ関シ協議スルトコロアリ。
　余ハ将来、資本主ト技術者トノ間ニ争議ヲ生ゼランガ為メ、
且明石ヲシテ充分ニ其天才ヲ発揮セシメンガ為メ左ノ提案ヲ為ス。

　純利益分配案
　　其拾分ノ一　　　諸準備金
　　其拾分ノ一　　　事務員、職工救済金
　　資本金ノ六分　　配当金

　残額ノ
　　拾分ノ七　　　　明石、中嶋及会社販売主任者報酬金
　　拾分ノ三　　　　資本金ニ対スル第二配当金
　但シ、コノ残額中ヨリ相当ノ繰越金ヲ為ス。

大正5年5月2日　　明石製作所の開業に思う　　　5月1日　明石製作所開業

　明石製作所モ愈々昨日ヲ以テ開業シ、中嶋、明石両君ハ毎朝六時半家ヲ出デ、
夕六時迄熱心ニ執務セラレツツアルガ如シ。
　若シ両君ニシテ当初ノ決意ト熱心トヲ以テ終始一貫セラルルニ於テハ、
成功期シテ待ツベシトオモフ。

　余ハ天才的ナル明石氏ガ聡明ナル中嶋君ノ指導ノ下ニ研究ヲ怠ラザルニ於テハ、
必ズ先人未発ノ機械ヲ創造シテ明石製作所ヲシテ権威アラシムルニ至ラント思フ。
如此ニシテ余ガ国家ニ尽クスノ誠意モ全フセラルルニ幾ランカ。

大正5年5月22日　　５０歳の誕生祝い　　明石和衛　27歳

　本日ハ余ノ五十一回ノ誕生日ナルヲ以テ、明石、金栗両氏ノ来宿ヲ幸ヒ、
赤飯ヲ炊キ粗肴ヲ供エテ祝意ヲ表ス。

大正5年12月19日　　中嶋市太郎　鈴木鬼一、高田行蔵氏来訪　

　鈴木鬼一、中嶋氏、高田行蔵来訪。
　中嶋氏トハ明石製作所ノ件ニ関シ会議ス。

　仝所ハ余ガ明石氏ノ懇求ニ依リ資金ヲ投ジテ設立セシメタルモノナルニ、
創設以来明石氏ガ鋭意尽瘁セザルノ形アリテ中嶋氏モ之憂ヘ、
余モ亦其行動ガ最初ノ熱望ニ相応セザルコトヲ訝ミツツアリシガ、
近来心機一転セルモノカ、大ニ力ヲ尽クスニ到リタルモノノ如ク、
余ハ仝氏ノ為メ、又明石製作所ノ為メ慶賀シツツアリシガ、
中嶋氏モ近来明石氏ガ大ニ其事業ニ興味ヲ有シテ、
鋭意其発展ニ力ヲ用イツツアルヲ認ルツツアリト述ベラル。

大正6年12月16日　　明石氏来訪　経営ニ関シテ問ウ　中嶋氏ノ件

　明石氏来訪シテ明石製作所ノ経営法二関シテ余ノ意見ヲ求ムルトコロアリ。
且中嶋氏ノ経営監督宜ヲ得ズ、徒ラニ小事二拘泥シ小問題二区々トシテ、
大事ヲ誤ルノ恐アルコトヲ非難シテ止マズ。

余日ハク、中嶋氏ハ自ラ好ンデ其監督ノ任二当リ、
貴君等ノ怨言嘆訴ヲ顧ミズシテ自己ノ主張ヲ徹サントスルモノニァラズ。
仝氏ハ貴君ノ義兄トシテ余ガ貴君ノ学識技量ヲ見込ミ、
貴君ヲシテ其素志ヲ貫徹セシメン為メ金参万円ヲ支出スルヲ肯ンジタルトキ、
仝氏ハ余二向ツテ余ガ如此キ大金ヲ白面ノ一書生タル明石ノ為メニ、
投ズルニ於テ自己二於テモ之ヲ黙視スルニ忍ビズトテ役員生活中二貯ヘラレタル、
唯一ノ財産タル金五千円ヲ投ジテ共同出資セラレタルノミナラズ、
万一貴君ガ失敗スルニ於テハ恩人タル余二対シテ面目ナシト、
爾来一年半余寝食ヲ忘レテ明石製作所ノ為メニ尽瘁セラレツツアルコトハ
余ガ常二感謝スルトコロナリ。

然ルニ貴君等ハ恰モ中嶋氏ノ下二使役セラルルモノナルコトト誤認シ、
自己ガ明石製作所ノ主宰者、否責任者タルコトヲ忘レラレタルガ如シ。
中嶋氏ガ一厘一毫ノ利モ苟クモセズ、早出晩帰、営々トシテ其事二務メラルルハ、
貴君ヲシテ成功ノ月桂冠ヲ得セシメントスルノ外他意ナキコトヲ解セラレザルガ如シ。

若シ貴君ニシテ中嶋氏ノ監督ヲ辞シテ独立自営セントノ決心ナレバ、
中嶋氏ヲ謝スルコトハイト容易ニシテ、中嶋氏モ余ノロヨリ、
之ヲ申出サンニハ悦ンデ其言ヲ容レラルルナランモ、
余ハ中嶋氏ヲ失ヒタル明石製作所ガ能ク秩序的二発展センコトヲ予期スル能ハズ。

故ニ今着手セントスル理化学聯合機械ノ事業ヲ極力完成シテ現資本二相当スル利益ヲ挙ゲ、
之ヲ一段落トシテ論功行賞ヲ行ヒ、各出資額ヲ定メテ其利益ノ配当率ヲ定メ、
資本ヲ増加スルノ要アレバ、明石製作所ノ将来二関スル見込ヲ定メ広ク募集セザルモ、
知人ヲ誘フテ其出資者タラシムルモ可ナラン。

然レドモ斯クセンニハ明石製作所ノ特徴ヲ発揮セザルベカラズ。
而シテ其特徴ヲ発揮スルノ任務ハ一ニ貴君ノ双肩二懸ルモノニアラズヤ。
明石製作所ガ特徴ヲ発揮シテ将来有望ナリトセバ資本ノ募集モ容易ナラン、
又業務経営ノ任ニ当ルベキ適材ヲ得テ貴君ト相井？シテ
社運隆盛ヲ計ルベキコトモ難事ナラザルベシ。
此時ニ於テ中嶋氏ニ勇退ヲ乞フモ晩カラズ。

トニ角目睫ニ迫レル理化学機械ノ完成ハ最大急務ナラズヤト。
彼唯々トシテ帰ル。

大正7年5月17日　　明石、鈴木両名招致　明石製作所の営業を問う

　　　　　　　　　　売上 \77,000 　営業費用　　\71,000　　　営業利益 \6,000
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　創立費償却　　\5,200　　　　純利益　 \800
　　　　　　　　投下資本 \40,000　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2%(2年で)

　今朝明石製作所営業二関シ明石、鈴木両名ヲ招致シテ質問スルトコロアリ。
　開業以来ノ決算表ヲ示ス。

　而シテ其成績ハ、製品及他所買付品ノ売却総額ハ僅カニ七万七千余円ニシテ、
之二要セル材料、工場費、工賃、営業費七万壱千余円ニシテ差引キ六千余円ノ利益二過ギズ。
　而シテ之ヨリ創立費ヲ扣除シ、什器、機械、建物ヲ現在ノ価格二引直ス為メ償却スルトキハ、
僅カ二八百円余ノ純益ニシテ、弐ケ年間、四万円ノ資本二対シテ如此キ小利ヲ得タルコトハ、
元来コノ企ハ明石ヲシテ研究セシメンガ為メニシタルモノナレバ止ヲ得ズトスルモ、
其間ニ彼等ガ明石製作所ヲ維持シ得ベキ発明トシテ数フベキモノヲ得ザリシハ遺憾ナリ。

　一ハ彼ト義兄中嶋氏ノ意見一致ヲ欠キ、常二扞?格シテ、
互二不快ト不興ヲ以テ終始セシ結果ナリトイヘドモ、
明石ガ年少未経験ニシテ其考案ガ屡変更シ、
徹底セル主義ノ下二経営セザルコトモー主因タラザルヲ得ズ。
　彼ハニ年間二於ケル不成績二関シ弁疏スルトコロアルモ、
其一半ハ彼ガ負フベキモノナラザルベカラズ。

大正7年7月20日　　　　　　　　　2015/01/23 岡部様(平生釟三郎日記愛読者)より情報提供

明石製作所の件に付明石氏来訪、過去二ヶ年間に於ける計数を示す。

余は製作所としては制作上に関して他に優るの点を有せざる可からず。
単に製作品を売却することにのみ腐心するとせば学理を極め経験を積みたる技術者を要せざる可く、
商機を見、商勢に通ぜざる似非技師を以て足れり。

或は日本の製作所が、
単に需要家たる工業会社若くは官庁の技師と関係を結びて巧に売込を為すを見て、
製作所の成功は売込運動の巧拙に在りと即断する如きは誤れる観察なり。
技術的製品は売薬と同一視すべきものにあらず。

無益無害の売薬は其功能を以て需要者を誘致する能わざるを以て
止を得ず広告若くは他の方法を以て需要家を籠絡するの要あらんも、
技術的製作品に至りては其効績に依りて需要が決せらるべきものなること疑を納れざるところなれば、
其責任の位地に在るものは其決意あらざるべからず。

大正7年8月2日　　明石、鈴木鬼一氏来訪　明石製作所の決算報告

　昨夜ノ蝶雨ニ依り路上砂塵ヲ捲カザルモ炎熱ハ其度ヲ減ゼズ

　今朝明石製作所明石氏、鈴木鬼一来訪、六七両月分計算書ヲ示シテ事業ノ実況ト、
将来ノ見込及新計画二関シ談ズルトコロアリ。
明石氏モ漸ク前途二多少ノ光明ヲ認メツツアルガ如キモ、未ダ確信ナキモノノ如シ。

大正8年7月13日　　　　　　　　　2015/01/23 岡部様(平生釟三郎日記愛読者)より情報提供

東京高工学生高岡�u治来訪
（宮津中学校宮澤氏〜野田高等師範教授〜明石製作所〜鬼一という経路だろうか）。
同氏（宮澤氏）より明石製作所に関係ある野田高等師範教授に学資補助の事を相談せし結果、
余に会見を求めたるなり。

　屡変更　（しばしば変更）　・・・・・　　　前途に光明　・・・

其考案が屡変更し・・・開発試作即製品等の職場では、設計屡変更が必要となる事態も多いが、
振り回される現場は迷惑、しかし、開発設計者の側の辛さも知って欲しかったのではと・・・

前途に多少の光明、ところが、この五年後、関東大震災で、浅草の工場、事務所の建屋は全壊。
しかし、小金井社史からは、当時の明石製作所は、この震災という大試練にも余裕が見られる。
当初の苦しい試練を耐えて七年、この頃には、前方の光明は確かなものになっていた。

　　平生釟三郎日記　　　　　　　　　昭和編(昭和２年〜３年)

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上のカタカナ交じりの原文は、神奈川県立図書館所蔵の「平生釟三郎日記」から転載したもの。