平成28年7月16日開催の明石会
昭和41年((1966年)入社の鹿熊英昭様に、C番の幹事役として、
「明石製作所のDNA等」を語っていただいた。

こんにちは、昭和41年入社の鹿熊です、
主にC番での仕事がメインでした、
今回はC番が幹事役との事でこの段に上がりました。

今年は明石製作所創業からちょうど100年目の記念すべき年です。
ちなみに私、個人的にも入社した昭和41年(1966年)は
創業50周年でしたので非常に区切りの良い年と言えます。
この年の秋に50周年記念の社員旅行が全社員参加で
伊豆の温泉に出かけた事を覚えています。
その後も10年以上、毎年全社員でバスを連ねて社員旅行を続け、
何回目からはパートの方も参加し、
その頃まだ独身の身にとって凄まじい「おばちゃんパワー」に、
圧倒された事も楽しい思い出です。

26年前に明石製作所が無くなり、私はアカシ、ミツトヨを経由した後、
仕事の縁で国の研究機関や大学へ戻りましたが、学会などの席で明石製作所を知る研究者たちが、
明石製作所の様な会社が無くなったので、
最近は新しい研究開発を相談できる会社が無くなって困っていると言われました。
明石製作所は会社の規模は小さくとも、いつの時代でも日本の最先端技術の周辺で、
日本の技術を下支えしていた非常にユニークな会社であり、そこに在籍していた事を誇りに思えました。

戦時中、明石和彦社長も在籍し、世界にその雄姿を誇った旧帝国海軍でさえも、
73年9ヵ月でその使命を果たして消えましたが、明石製作所もほぼ同じ長さの74年4カ月で幕を閉じました、
しかし会社はなくなりましたが、東芝、トプコン、ミツトヨだけでなく、新しく起業した方もおります、
そこに移られた人たちによって明石製作所のDNAは引き継がれていると思います。

この明石会も今年で9回目を迎えましたが会社を閉じた1990年以降、
新しい会員を迎える事ができないため、この会を存続させるには皆さまの健康だけが頼りです。
この先、明石会を15回、20回と続けるためには皆さまが元気でいる事が必須です。
どうか皆さま健康に留意して来年もこの会でお会いしましょう。

短い一時ですが、本日も是非旧交を暖めお楽しみ下さい。
最後になりますがこの会を準備頂いた世話人の皆様に感謝致します、ありがとうございました。

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